のほほん鉄道員が行く「蒸気機関車の旅」

汽車好き鉄道員が綴るフォト&エッセイ

1984年 秋の旅から7(かつてナローの聖地だった軌道) -建設省立山砂防工事事務所ー

PICT0540 (2) - コピー1984 9 14 千寿ケ原連絡所 580 871 popoman

立山砂防工事事務所 千寿ケ原連絡所 1984年9月14日撮影



千寿ケ原連絡所の機関庫に入ってみます


古い古い木造の庫です


奥には修理のための工場がありました


活きているナローの庫がここにありました


現在は鉄筋コンクリートの巨大な建物に変貌しています


もうこんな素朴な庫は日本にはないのかも知れませんね




PICT0541 (2) - コピー1984 9 14 千寿ケ原連絡所 871 580 コントラスト popoman









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  1. 2018/06/03(日) 05:40:48|
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1984年 秋の旅から6(かつてナローの聖地だった軌道) -建設省立山砂防工事事務所ー

PICT0532 (2) - コピー1984 9 14 建設省立山砂防工事事務所 津之浦橋 871 580 コントラスト popoman

立山砂防工事事務所 津之浦橋 1984年9月14日撮影



「立山」その響きはナロー好きには特別な意味を持っています


当時まだ軌道内への立ち入りが禁止されていなかったころ


立山砂防軌道への2度目の訪問を果たしました


今回の目的は津之浦橋での撮影


この橋は現在は無くなってしまったようです


滝の遥か上、DLに続くのは人車と資材を積んだトロッコです


ここが立ち入り禁止になって久しいですね


ナローを追い求めた先人の中には


ここをバイクで駆け上がった馬鹿者がいるとか


先人たちはそれは素晴らしい写真を遺してくれました


しかし、このナローの聖地を立ち入り禁止にしたのも先人の仕業


本気でその先人たちは万死に値すると思っています


そんなことになるならこの時泊まり込みで撮れば良かったと悔やむばかりです






PICT0537 (2) - コピー1984 9 14 千寿ケ原連絡所 871 580 コントラスト popoman

千寿ケ原連絡所









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  1. 2018/06/01(金) 19:00:18|
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東京営林局 千頭営林署機関区、貯木場2 -千頭森林鉄道ー

PICT0371レールの残骸 870 580 popoman - コピー

千頭営林署 1992年11月12日撮影



貯木場を奥へ進んで行くと、井川線側の隅に元林鉄のものと思われる


レールの残骸がこんなにありました


当時この貯木場はかなりの木材を扱っていました


まだ現役の営林署の貯木場だったんですね






PICT0378元機関庫(現機械修理工場)580 870 popoman- コピー



元機関庫(現機械修理工場)の中に奥のシャッターのところまで


元林鉄のレールが残っていました






PICT0380貯木場唯一5本の枕木 580 870 popoman - コピー



シャッターの外には枕木が5本残っていました


これはこの貯木場で唯一残っていた枕木でもあります


そしてコンクリートには3線分のレールがはまっていた跡がありました






PICT0379 - コピー貯木場 870 580 popoman






PICT0373 - コピー残骸 580 870 popoman









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  1. 2016/12/18(日) 05:05:50|
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東京営林局 千頭営林署機関区、貯木場1 -千頭森林鉄道ー

PICT0369 - コピー千頭営林署1992 11 12 580 870 popoman

千頭営林署 1992年11月12日撮影



1992年、今から24年前井川線の側線の向こうに千頭営林署の貯木場が広がっていました


井川線の踏切を渡った左手、今は駐車場と道の駅 奥大井音戯の郷がある辺りです


当時はまだ2フィート6インチの細い線路が切れ切れながらも残っていました


上の写真のレールの先で井川線の線路と繋がっていました


ここから沢間までは井川線のレールと3線のデュアルゲージでした


今は踏切から新しい道も出来たようで当時を思い返すのも困難なようです






PICT03651992 11 12 東京営林局 千頭営林署貯木場 580 870 popoman- コピー



先ほどの線路の続き背中方向に井川線が走っています


1枚目の写真で分岐した線路が途切れ途切れにまだ続いています


趣味者にとってはありがたいのですが、何故途切れて残っているのか不思議です


でもこれだけでも残してくれていると往時を偲ぶには好材料です






PICT0382 - コピー870 580 トリミング popoman



次は途切れた先にまだレールがありました


この辺りまでは機関区だったように思えます


進行方向が井川線の踏切です


後述しますが機関庫の中にはまだレールが残っていました


貯木場の端まで探したのですが


敷設されたレールが残っていたのは、この3か所のみでした






PICT0385酒井5トン 580 870 - コピー popoman



機関区の傍らには酒井工作所製5トンディ-ゼル機関車 DB6と運材台車、モーターカーが


機関車神社として祭られていました「安全は職場、家庭の宝船」


「千頭森林鉄道ここにありき 昭和44年」の標語が往時を忍ばせてくれました


廃線の翌年に建立されたものです


これらの機関車群は現在は寸又峡の先の展望台に移設されています









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  1. 2016/12/16(金) 05:21:02|
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東洋活性白土専用線を訪ねて5 -東洋活性白土専用線ー

PICT0346明暗 コントラスト東洋活性白土 1980 3 25 750 500 popoman

東洋活性白土専用線 1980年3月25日撮影



この旅で最も軽便蒸気機関車らしく撮れたのがこの1枚かもしれません


うっすらと煙突から煙も上がっています


ここ数日の出荷量からみても輸送はこの軽便機関車で十分に見えました


ここだけは永遠に蒸気機関車は生きていくものだとばかり


このときは思っていました










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  1. 2016/09/29(木) 05:58:19|
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